2007年09月30日

北海道ファイターズ優勝に学ぶ

ヒルマンの北海道日本ハムファイターズが優勝した。

4月末には、負け数が8つも多くて最下位だった。

春のキャンプ前に、解説者の予想は5位か6位でAクラスの予想すらした人はいなかった。

小笠原、新庄が抜け、ピッチャーは岡島が抜けた。

打線は弱く、点はたくさん取れない。

それゆえのプロ解説者の予想だった。

今は、よそうはよそうと思っているに違いない。

ざまーみてくだちゃいって、北海道のファンが喜んでいる。

強くなった秘密は分析すると以下のとおり。

1、チームの失策がリーグ最少。

2、取った併殺数は12球団1.なななんと130個。

3、2番田中の犠打が去年の倍、56犠打でリーグ新。

4、チームの犠打数も145でリーグダントツ。

5、武田久、マイケルの8,9回の勝利の方程式。

6、ダルビッシュの12完投。15勝。

7、ヒルマンのエンドランを多様した采配。

8、ヒルマンの気配り。

などが新聞に書いてある。


ここから先は新聞に書いてないおいらの情報。

札幌ではサッポロビールの敷地に大きな室内練習場を作って、いつでも練習をできる環境を整えているが、2軍の埼玉鎌ヶ谷にも大金かけてグランドや練習施設を作った。

これが、大きい。

下の選手が育つ。

他球団は1軍、2軍が同じ場所でホームゲームするが、日ハムだけは1軍が札幌、2軍が鎌ヶ谷の離れ離れ。

通常は1軍監督が見れないと、2軍選手の状況把握などできないハンデになるのだが、ここでもハイテクを駆使する、ファイターズ。

パソコンに2軍監督、コーチからの情報が入力されていて、いつでも高田GMらが見れるようになっている。

おいらたち、ビジネスマン社会のイントラネットを野球に導入している。

この辺が下が育って、毎年強くなっていく秘密。

もちろん、寮の食事も栄養管理され、質、量ともに12球団一とか。

さすが、食品会社。

ビジネスマンは頭を使うのが仕事だから、頭にいつも栄養と言うべき情報や勉強を入れる。

月に1冊の本も読まずに、ビジネスマンと言っている馬鹿なやつもたまにはいるが、すぐに自由契約になるしかない。

プロ野球選手は体が資本だから、最高の量と質の食事を体に入れる。

あたりまえーなんだけど、案外やってこなかった。

この2軍の仕組みが出来上がっているから、常勝球団になるだろう。

これに、前に書いたが、森本ひちょりが率先してベンチの掃除をしていて、それをひきついで宇久森がベンチ掃除を引き継ぐ社風というか、球団の伝統。

道徳。

それらを知った上でバックアップする北海道民。

こんなことを知っていたから、おいらは最下位になった4月末にも必ず、ファイターズは上がってくるって予想して、ブログに書いたのだ。

おおあたりーー。

実はロッテも強くなる伝統がある。

千葉マリンでナイターが終わったあとに、福浦がバッテング練習を始め、毎日納得行くまで練習した。

帰りは日付けが変わる1時。

それを毎日続けて、3割を三年続けて打った。

それを見たチームメートが一人、二人と練習に残り、今や堀のようなベテランまで残って練習する。

ちなみに堀はおいらの後輩。

そういった仕組み、社風、伝統ができているから、強くなると思った。

大金投じて選手を集めても、試合が終わったら、すたこらっさっさと銀座に飲みに繰り出していちゃー勝てなくなる。

スモールベースボールって考えでヒルマンは勝ったが、中小企業においても「シンク スモール」は大事な考え方だとおいらは思う。

小さくこつこつ。

大きいことがいい事ではない。

小さくても強い会社はある。

今は給料分働けなくても、育てて何倍もスキルのある社員になる社風が中小企業が強くなるためには不可欠だ。

ヒルマンは優秀の美を飾った。北大のクラーク博士以来の北海道に貢献したアメリカ人じゃないかな。

羊が丘に銅像がたつかも。

ヒルマン監督後任に島田誠氏浮上
 今季限りで日本ハムを退団するヒルマン監督の後任として、OBの島田誠氏(53)=野球評論家=が挙がっていることが29日、分かった。島田氏は1977年から14年間、日本ハムでプレー。ベストナインに2度、ゴールデングラブ賞に6度輝くなど、俊足巧打の外野手として活躍した。関係者は「非常に気さくで明るい人。マスコミ受けも良いと聞いている」と話した。(スポーツ報知)

ところで、自称国技の相撲部屋は事実がわかるにつれ、これ完全に殺人部屋の殺人親方のよう。

ビール瓶で殴り、金属バットで殴り、意識がなくなったら水をかけ、次にお湯をかけ、救急車を呼んだのはずっと後。
そのあとは、口止め、口裏あわせ、火葬にしての証拠隠滅工作。

みっひつの故意による殺人犯と部屋の力士はみんな殺人教唆犯じゃなーい。

時津風親方介抱せず兄弟子らに暴行口止め
9月30日9時28分配信 日刊スポーツ


 大相撲時津風部屋の序ノ口力士、時太山(当時17=本名斉藤俊さん)が急死した問題で、時津風親方(57=元小結双津竜)が、死亡の直前に斉藤さんと2人きりになりながら介抱もせず、病院への搬送もすぐに指示しなかったことが29日、関係者の話で分かった。さらに死亡後には、金属バットによる暴行を警察に話さないよう兄弟子らに口止めしていたことも判明した。
 県警や複数の関係者によると、6月26日午前10時ごろ、愛知・犬山市の時津風部屋で朝げいこが終了した。その後、親方の指示で4、5人の兄弟子が残され、斉藤さんとのぶつかりげいこが始まった。親方は土俵脇でしばらく様子を見た後に風呂や食事のため宿舎に移動。約1時間後に戻り、ぐったりした斉藤さんを見て、「後はおれ1人でみるから、おまえらは風呂に入れ」と話し、兄弟子らを遠ざけた。
 けいこ場には斉藤さんが取り残される形で約20分間、2人きりだったが、斉藤さんを介抱するなど救護措置は行われなかった。その後、親方の呼び付けで駆け付けた兄弟子らが意識のない斉藤さんを見つけた。あざがはっきりと浮き出て体全体が土気色だったが、かすかに息はあったという。親方の指示で水がかけられたが次第に体が冷たくなり、今度は温めようと風呂場に運び、湯をかけたが意識は戻らなかった。
 この間、兄弟子たちが「救急車、救急車」とざわつき始めたが、親方はすぐに救急車を呼ぼうとしなかった。結局、部屋が119番通報したのは同日午後0時50分ごろのことだった。
 親方は2日後の28日に、自分の部屋に関取衆を除く弟子らを呼び、暴行に金属バットが使われたことや、自分が斉藤さんをビール瓶で殴ったことを漏らさないよう指示。その後、ほぼ連日、弟子らを集めて県警の聴取に何を聞かれ、話したかを詳細に報告させ「聴取が長引くと良くないからみんなで供述を合わせよう」と口裏合わせを求めたという。
 ある弟子が金属バットについて話したと報告すると、親方は「なんで本当のことを言うんだ」としかったという。

これが相撲部屋の伝統、習慣なのだろうから、今の社会では認められない。

財団法人の認可取り消し、自称国技の名称使用禁止、全力士、親方1年間謹慎くらい、やらないと死んだ17歳の青年や他にも過去に殺されたか、事故で死んだか不明だが、その若者たちにも申し開きができないんじゃない?
posted by 烏賊す社長 at 15:41| 北海道 曇り| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
はじめまして。
ブログ拝見しました!
日ハム優勝を心から喜ぶ札幌市民の一人です。何事も小さなことの積み重ねと一人ひとりの役割があってこその優勝なんですね。裏話きいて更に感心しました。短期間でいい球団に成長したと思います。
Posted by ぱぱとび at 2007年10月03日 01:33
コメントありがとうございます。
本当にそうですね。短期間に強くなりました。
球団と高田GMの陰の勝利ですね。
Posted by ばばとびさま at 2007年10月03日 16:03
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