2009年07月04日

三沢の死は中小企業の経営者の縮図

どうにもおいらは三沢の死が自分ら中小企業の経営者の縮図のような気がして気になる。

もともとプロレスファンだから、もろちん、余計にそうシンクアバウト

なんだけど。

もし、今おいらが突然バックドロップじゃなくて、飛行機が落ちて死んじゃった

なんてことになったら、おいらの会社がノアだったとしてどうなるか。

ノアのようにお客最優先として予定の興行を続けれるか。

その後の引継ぎはできるか。

そもそも会社が続くか?

ってウオーリーアバウトザット。

どんと ウオーリーってわけにはいかなそう。

次の社長は田上だっつう話だけど、会社は続けることに意義がある。

三沢光晴さん『お別れ会』にレスラーおよび関係者約1000人参列
7月4日15時11分配信 オリコン

 6月13日に急逝したプロレスリング・ノアの三沢光晴さん(享年46)のお別れ会『DEPARTURE』が4日、東京・ディファ有明にて営まれ、藤波辰爾をはじめ、団体の垣根を越えて多数のプロレスラー及び関係者が約1000人が参列した。会場にはリングが設置され、静寂とした雰囲気の中で"追悼10カウントゴング"が鳴り、「赤コーナー! 三沢光晴!」というアナウンスで“プロレスラー・三沢光晴”との別れを偲んだ。

参列したレスラーや会場に設置された三沢さん縁の品の写真

 先月13日に行われた広島大会のリング場でプロレスラーとして天に旅立った三沢さん。お別れの会として選ばれた会場は、9年前に自由と信念を胸にノアを旗揚げした"聖地"ディファ有明。場内には三沢さんのテーマソング「スパルタンX」が響き渡った。

 お別れの辞を述べたタレントの徳光和夫は「私利私欲を出さず、プロレスや人のために尽くした人は他にいない。四角いマットに自由と信念を詰め込んだ偉大なレスラーだった」。また、長年対戦を熱望していた藤波選手は「一番大事な時にいなくなるのは残念。もったいない。いろんな団体が交流戦できるような環境になったから、シングルでやりたかっただけに残念」と無念の表情を浮かべた。

 参列したプロレスラーたちの想いは、三沢さんが築きあげた歴史や伝統を継承していくことだ。永田裕志は「事実を受け止めるまで時間がかかった。プロレスが愛と感動を与えるものだということを世の中に伝えなきゃいけない」と語り、北斗晶も「最近、世間にプロレスの"恐さ"というのが伝わらなくなってきていた中で、三沢社長はプロレスを守ってきた。だからこそ、身を持って伝えて逝かれちゃったのかな。武道館での最後の相手が(夫の佐々木)健介でした。言葉数少ないけど、いつも笑って下さる。それが印象深かった」と沈痛の表情で語る。

 会場には熱狂的なファンが前日後4時半から列を作り、「三沢、ありがとう!」と献花台に設けられた三沢さんの写真に語りかけていた。

さて話はチェンジ阪神タイガースだけど、

神戸にいるとやっぱ、阪神タイガースなんやねー。

今年は成績悪くて、横浜とゲッぱ争い。

真弓が監督になったけどぱさらだなー。

で、評判悪いにはシーズン中にゴルフに行ったこと。

ゴルフがうまいのは有名だけど、シーズンが始まってからはなかなかいかない。

ジャイアンツの原もゴルフキチだけど、シーズン中は行かない。

そんなんと成績でもう来年の人事がはじまっとるねん。

どうやら、星野なんかでなく、

おいらの後輩、おじぞうさんの平田くんが監督になるようだ。

給料安いしな。

今、2軍監督じゃけん、岡田が監督になったときと同じパターン。

本人はまだ知らないけど、球団社長にごく近い筋の人と話して聴いた

情報だよーん。

おいらみたいな先輩がいたらやりにくいだろうなー。

そんなことない、協力するぜ。

たよりにしてくりー。

くりっくしてくりー。
posted by 烏賊す社長 at 16:06| 北海道 曇り| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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