夕べのひとどおり、メジャーだぜー。
めにーめにーぴーぷるがうおーきんぐ。
歩道が酒臭いもんなー。
ラーメン屋さんで食べてたグループ、東京から来たとか、広島から来たとか、うーん観光客来てるジャン。
この年末でも。
やっぱり札幌はたいしたもんだよ。
函館もこうならなくちゃねー。
夜の街、人通り少ないを通り越して、「ない。」
おいらも出なくなったしなー。
ところで話はチェンジおばまだけど、
札幌の職安昨日もやってた。
今日もやるって。
おぬし、なかなかやるなー。
就職難民が同じ日本人からこんなに出るとは、思いもよらんかった年末。
こんな怨嗟の声が記事になってた。
最初の志を忘れて、高給に引かれて移った報いかなって思うよ。
ホテル勤務の人って、案外こういう人多いな。
高給で意思決定するのではなくて、何をやりたいか、理念や志で意思決定しなくちゃねー。
派遣の人って一時の金に目がくらんで転職している人も結構いる。
自分の意思決定が間違っていたことを学んでくれてるかな。
世間や会社のせいばかりに出来ない面があるっしょ。
ソムリエの資格もあるホテルマンが最初の志のままホテルに貢献して
ホテルを発展させ繁盛させる一員になって今日まで切磋琢磨していたら
46歳だし、相当な地位にもなって給料もそれなりになっていたんじゃないかなー。
<生活危機>08世界不況 派遣の悲哀 「高給」広告で愛知に来たが…
12月29日15時46分配信 毎日新聞
◇収入激減、2年半で解雇−−元ホテルマン・46歳
名古屋市中区の労働組合「管理職ユニオン・東海」の事務所では11月以降、解雇された派遣労働者からの電話が急増した。11月29、30日に事前告知して行った「派遣切りホットライン」では2日だけで130件の相談があった。狭いマンションの一室には12月末になってもひっきりなしに電話がかかる。「過去に例がないほどで、解雇相談ばかり」と堰代晃執行委員長は言う。
島根県出身の元派遣社員、布村光治さん(46)も、ホットラインの様子を伝えるテレビを見て11月30日に電話相談した一人。06年3月から愛知県岡崎市の自動車工場で働いていたが、12月26日付で解雇された。
元は大手チェーンのホテルマン。ソムリエの資格も持ち、国内各地の酒蔵を訪ねて日本酒の勉強をしたり、海外のホテルで働いたこともあったが、「手取り35万円も」との求人広告にひかれ、派遣登録した。工場での仕事は溶接。熱射病になりそうな環境で働いたが、手取りは多くても20万円だった。同じラインで働いていた人たちは30社以上の派遣会社から集められ、派遣会社による天引きで手取りが何万円も違うことがあったという。
家族への仕送りができなくなったのはこの秋から。残業がなくなり、手取りが数万円まで激減したためだ。
そして11月28日、1カ月後の解雇予告と、同時に退寮を求める通知を受け取った。動揺したまま引っ越しの準備を始め、心に浮かんだ懸念は「荷物の送り先をどこにしよう」だけだった。当然、再就職の当てもなかった。
それから2日後、ホットラインに電話した後、ユニオンの手助けで派遣会社と交渉し、12月25日までかかって3月末までの退寮期限の延長など会社からの譲歩を引き出した。
「同じように困っている人の手助けができたら」と、布村さんはユニオンの事務所に立ち寄り、相談者からの電話を受けたり、他の派遣社員の団交に同席している。自分自身も、年明け早々から求職活動を再開する。「もう、派遣は怖くてできない。どんな仕事でもいいから正社員になりたい。厳しいかもしれないけれど」【山田一晶】
世の中厳しいね。
くりっくよろしくりっく。



